『護心』 第8話:「この命、今日私が護る」

 雁回(イエンフイ)は方向も定めずひたすら駆け続けた。内気が空っぽになり、剣を操る力さえも尽きかけ、よろめき始めた時、ようやく彼女は立ち止まらざるを得なくなった。

 しかし、その時すでに彼女はきちんと著地するだけの力は残っていなかった。「頭を護れ!」と叫びながら、速度を落とすことなく、茂みの中に飛び込んだ。

 どれだけの木の枝を折っただろうか。大きな木に阻まれるまで走り続け、そこから何層にも渡って地面に落ちていった。

 天耀(ティエンヤオ)の方が少し重かったため、先に「ドサッ」と地面に落ちた。彼が起き上がる間もなく、雁回(イエンフイ)も「ドサッ」と天耀(ティエンヤオ)の腹の上に落ちてきた。彼は再び地面に倒れ込んだ。

 奪ってきた妖怪の剣は「シュッ」という音と共に、二人のすぐそばの地面に突き刺さった。

 森の鳥たちは雁回(イエンフイ)たちに驚いて飛び立ち、空へと舞い上がった。森の様々な動物の鳴き声が次から次へと聞こえ、途切れることがない。

 雁回(イエンフイ)はその騒がしい動物たちの鳴き声に合わせるかのように、天耀(ティエンヤオ)の腹の上で笑い始めた。まるでこの上なく楽しいことのように笑い続け、天耀(ティエンヤオ)の体から転がり落ち、地面に横たわってもまだ笑っていた。

 その時、夜明けが近づき、空の端がかすかに白み始めた。

 空が明るくなり始めると、森の動物たちの声は徐々に静まり、雁回(イエンフイ)の笑い声もゆっくりと収まっていった。

 彼女は空を見上げ、しばらくの間何も言わなかった。

 沈黙を破ったのは天耀(ティエンヤオ)の方だった。「私を気絶させて差し出して、手柄を立てて命を助けるんじゃなかったのか?」

 「お前を差し出すべきだったんだ。」雁回(イエンフイ)の声は低く、冷たささえ感じられた。まるで冗談を言っているようには聞こえなかった。

 天耀(ティエンヤオ)は彼女の横顔に視線を向けた。しかし、雁回(イエンフイ)はそれ以上見られることを許さず、体を起こし、膝を抱え込んだ。ふくらはぎに残っている鉄鉤の後ろの部分を掴むと、歯を食いしばり、そのまま引き抜こうとした。

 彼女のその行動を見て、天耀(ティエンヤオ)は眉をひそめ、すぐに起き上がり、「駄目だ」と言って、雁回(イエンフイ)が鉄鉤を握っている手を払いのけた。「この鉤には逆棘がついている。肉ごと引きちぎりたいのか?」

 雁回(イエンフイ)は彼を見上げた。「度量の大きい人はそんな細かいことを気にしない。さっきは足を切り落とせと言ったくせに。」

 「お前がそんなことするわけがないだろう。」天耀(ティエンヤオ)は彼女を一瞥し、立ち上がると、近くに落ちていた剣を拾い上げた。「伏せろ、私が取ってやる。」

 こういうことには雁回(イエンフイ)は素直だった。彼女はすぐに地面に伏せ、天耀(ティエンヤオ)の方を見ることもなく、彼が剣を彼女のふくらはぎに当てがうままにした。

 雁回(イエンフイ)のズボンの裾を引き裂くと、鉄鉤が刺さった部分は血肉模糊としていた。天耀(ティエンヤオ)は視線を移し、地面に伏せている雁回(イエンフイ)を見た。彼女は何も言わず、されるがままの様子だった。彼は目を伏せ、非常に優しく鉤を外し始めた。

 実際、彼は罪悪感を感じていた。

 この少女は彼に何も借りはない。彼女と二十年前の出来事にも何の関係もない。ただ、彼女が現れたというだけで、彼は彼女を巻き込み、何度も危険な目に遭わせてしまった。こんなことをしている自分に、彼は罪悪感を抱いていた。

 しかし、今のところその罪悪感は彼の決意を揺るがすほどのものではなかった。彼の「身勝手さ」を諦めさせるほどのものではなかった。彼自身もこの惨めな生き方から逃れたいと思っていた。

 だから、雁回(イエンフイ)を苦しめることになっても、彼はただ冷ややかに見ていることしかできない。雁回(イエンフイ)を傷つけることになっても、彼女を解放することはできない。

 なぜなら、彼もまたこの世の浮き沈みの中で、もがき苦しみながら生きている……

 卑しい者なのだ。

 剣で軽く突き刺し、巧みに力を込めて鉤を持ち上げると、雁回(イエンフイ)は痛みをこらえるように小さくうめき声を上げた。天耀(ティエンヤオ)は鉄鉤を引き抜いた。

 雁回(イエンフイ)が振り返ると、天耀(ティエンヤオ)は血のついた鉄鉤を脇に投げ捨て、「傷は浅く、筋や骨にも達していない。大事ない」と言った。彼は少し離れた場所に移動し、木の葉で手を拭こうとした。

 しかし、雁回(イエンフイ)は「待て」と声をかけた。

 天耀(ティエンヤオ)が彼女の方を向くと、雁回(イエンフイ)は体をずらし、天耀(ティエンヤオ)の隣に座ると、彼の服の裾を一気に引き裂いた。そして、その布切れで自分のふくらはぎを包帯代わりに巻き始めた。

 天耀(ティエンヤオ)はかすかに眉を動かした。「一言も言わずに、人の服を破るのか?」

 「貴方は一言も言わずに私に色んなことをしてきたくせに。」雁回(イエンフイ)は顔を上げて彼を睨みつけた。「私が文句を言ったか?」

 確かにその通りだった。

 天耀(ティエンヤオ)はそれ以上何も言わず、振り返って木の葉を数枚摘み、果実をいくつか取ってきて、雁回(イエンフイ)に差し出した。「もう少し急ごう。町に近づけば、妖怪たちもこれほど大胆な真価はしないだろう。」

 雁回(イエンフイ)は果実を受け取り、あっという間に一つを平らげた。「ああ、行こう。」

 彼女は立ち上がり、足をひきずりながら二歩ほど歩いた。しかし、隣に誰もついてきていないことに気づき、振り返ると、天耀(ティエンヤオ)はただ後ろで彼女を見ていた。「剣で飛べないのか?」

 雁回(イエンフイ)は呆れたようにため息をついた。「まだ剣で飛べるなら、上から落ちてくるか?町まで直接飛んでいくに。内気が尽きてしまったんだ。町の近くのどこかで休んで、内気を回復させないと。」雁回(イエンフイ)は歩きながら言った。

 後ろから天耀(ティエンヤオ)の足音が大きく近づいてきた。雁回(イエンフイ)は気に留めなかったが、天耀(ティエンヤオ)は彼女の前に出てきて、行く手を阻み、そして彼女に背を向けてしゃがみ込んだ。「乗れ。」

 雁回は少し呆然とした。

 天耀(ティエンヤオ)は横を向いて彼女を見た。「そんな足を引きずって歩いていたら、明日になっても数裏も進めないだろう。乗れ。」

 雁回は少し考え、彼の言うことがもっともだと思った。それに、彼が自ら背負ってくれると言うのなら、利用しない手はない。雁回はすぐに飛び上がり、天耀(ティエンヤオ)の背中に乗った。「私を落としたら怒るからな。」

 天耀(ティエンヤオ)は彼女の戯言を無視し、彼女を背負って歩き始めた。

 天耀(ティエンヤオ)の肩はまだ十分に広くはなかったが、なぜか雁回は彼の背中に安心感を覚えた。おそらく、彼の歩き方が落ち著いていて、一歩一歩しっかりと、偏ることなく歩いているからだろう。もし彼がただの普通の少年で、もう少し大人になったら、きっと昔ながらの頼りになる男になるのだろう……

 雁回は天耀(ティエンヤオ)の肩に頭を乗せ、彼の歩調に合わせてまばたきを始め、まぶたが重くなってきた。

暁闇が薄れ、天耀(ティエンヤオ)が一つの峰に辿り著いた頃、朝光が差し込み始めた。雁回は半睡半醒のまどろみの中で、何年も前、凌霄(リン・シアオ)に連れられて辰星山に来た時の光景をぼんやりと思い出していた。

あの時も、雁回は一晩中歩き続け、疲れ果てて足取りもおぼつかなかった。しかし、師の行程を遅らせてはいけないと思い、疲れたとも言えず、眠いとも言えず、必死に目を開けて凌霄(リン・シアオ)の後ろをついて歩いた。そして、いつの間にか意識を失っていた。

次に目を覚ました時、雁回は凌霄(リン・シアオ)の背中に背負われていた。目の前には辰星山の門が開き、山門の奥から差し込む陽光が眩しく、辰星山にあるすべての楼閣を絵の中の仙境のように照らしていた。

思わず感嘆の声を漏らすと、その声が凌霄(リン・シアオ)の耳に届いた。凌霄(リン・シアオ)は少し顔を傾け、雁回の耳元で優しく微笑みながら言った。

「雁回、これからはここがお前の家だ」

あの時の凌霄(リン・シアオ)の声は、雁回にとって一生忘れられないほど優しいものだった。

あの時の雁回は、自分が世界で一番幸せな子供だと感じていた……。

しかし今、雁回は思わず自分の首を撫でた。そこには何もない。思い出以外、あの山は雁回に何も残してくれなかったのだ。

天耀(ティエンヤオ)は休みなく歩き続け、昼頃、ようやく大きな道に出た。道行く人はいなかったが、轍の跡が残っていることから、町はそう遠くないと推測できた。

天耀(ティエンヤオ)は雁回を起こそうとしたが、「ふごふご」と気持ち良さそうに寝息を立てているのを聞き、しばらく黙り込んだ後、そのまま黙々と歩き続けた。間もなく道端に小さな廃寺を見つけ、天耀(ティエンヤオ)は雁回を廃寺の中に運び込み、地面に寝かせた。そして、廟の外の森へ野生の果物を摘みに向かった。

戻ってくると、雁回はまだ眠っていた。天耀(ティエンヤオ)は昨夜疲れたのだろうと思い、そのままにしておいたが、しばらく彼女の傍に座っていると、何かがおかしいと感じ始めた。

雁回の呼吸は速く、額には冷汗が滲み、目は閉じているものの、眼球が急速に動いているのがわかった。

天耀(ティエンヤオ)は眉をひそめ、「雁回?」と声をかけた。

雁回は目を覚まさなかったが、眼球はさらに激しく動き始めた。

天耀(ティエンヤオ)は考え込み、雁回の体を揺さぶって、「起きろ」と言った。

その揺さぶりは、まるで雁回に刃物を突き刺したかのように、彼女は急に目を開け、跳ね起きるようにして座り込んだ。大きく息を切らし、額からは滝のように汗が流れ落ちた。彼女は胸を押さえ、恐怖に怯えながら汗を拭った。

天耀(ティエンヤオ)はずっと彼女を見つめており、その様子を見て不思議そうに、「悪い夢を見たのか?」と尋ねた。

雁回は首を横に振り、しばらく息を整えてから、ようやく少し落ち著きを取り戻し、「金縛りにあっただけ」と答えた。

その言葉を聞いて、天耀(ティエンヤオ)は興味深そうに、「金縛り?」と繰り返した。

「よくあることよ、慣れてる」そう言いながらも、雁回の心は少し動揺していた。凌霄(リン・シアオ)から護符を授かって以来、幽霊に遭遇することも、金縛りにあうこともほとんどなかった。この白昼堂々、夢の中で自分を縛り付けることができるということは、簡単に追い払えるようなただの幽霊ではないのだろう……。

雁回は髪をかきむしり、頭痛がしてきた。

最近、厄年なのか、それとも何か悪いことが起こっているのか、面倒な事や面倒な人が次から次へとやってくる……。

「お前は修道者なのに、なぜ未だにこの様な邪気に冒されるのだ?」

雁回は冷汗を拭いながら、「さあね、小さい頃からそういう穢れたものが見えて、よく憑かれてしまうの。修行しても、この体質は治らなかった……」と答えた。

そう言うと、雁回は突然胸を押さえ、しばらく黙り込んだ後、天耀(ティエンヤオ)を見上げて、「前に言ってたけど、あなたの護心鱗(ごしんりん)が私の心臓に入ったから、今まで生き延びられたんですよね」と言った。

天耀(ティエンヤオ)は頷いた。

「私は生まれつき心臓に欠陥があって……あなたの護心鱗(ごしんりん)を取ったら十日も生きられない……あなたのおかげで生きている。つまり、私の命はとっくに消えていたはずで、私は本来なら……死人だった……」雁回はうわ言のように呟いた。「道理で……道理でそうだったんだ……」

彼女が特別な才能を持っているのではなく、彼女は本来彼らの同類であるべきだったのだ!

この護心鱗(ごしんりん)は、彼女を半人半鬼に変えてしまった……。

雁回は、辰星山に入ったばかりの頃、師姉の子月(ズユエ)との関係がまだそれほど悪くなかったことを思い出した。

子月(ズユエ)はプライドが高かったが、根は悪い子ではなかった。

辰星山に入ったばかりの頃、弟子たちの食事は入山前に比べて厳しく製限され、雁回は毎日腹を空かせていた。

当時、大師姉で、雁回と同じ部屋に住んでいた子月(ズユエ)は、こっそり食べ物を隠しておいて、雁回に食べさせてくれていた。食べ物をくれる時の子月(ズユエ)の態度は少し高慢だったが、心根は優しく、雁回は心の中で感謝していた。

それから間もなく、雁回は山に住む小鬼に付きまとわれるようになった。寂しかった小鬼は、雁回を捕まえては毎日遊びに誘い、時と場所を選ばず雁回を悩ませた。雁回は辟易していたが、どうすれば追い払えるのかわからなかった。周りの人から見ると、雁回は一人で歩いている途中に突然踊り出したり、誰もいない場所で独り言を大声で叫んだりしていた。

彼女の奇妙な行動は、周りの人々が彼女と関わるのを避ける原因となった。

しかし、その当時も子月(ズユエ)は毎晩雁回に食べ物を届けてくれていた。ある時、子月(ズユエ)は雁回のためにたくさんのお菓子を集めて持ってきてくれた。雁回がそれを美味しそうに見ていると、小鬼が突然現れた。小鬼は雁回に一緒に遊ぼうとせがみ、雁回はそれを無視しようと努力したが、小鬼は怒って、子月(ズユエ)が持っているお盆の上に乗って子月(ズユエ)の首に刃物を突きつけ、陰惨な殺意を露わにした。

子月(ズユエ)を殺そうとしているかのようだった。

雁回はついに我慢できなくなり、お盆をひっくり返し、習いたての法術を使って小鬼を捕まえた。

一方、プライドの高い子月(ズユエ)は、自分の好意をこんな風に扱われることを許すはずがなく、すぐに雁回に食ってかかった。雁回の手を引っ張ると、雁回は小鬼を逃してしまい、慌てて追いかけようとした拍子に子月(ズユエ)を突き飛ばしてしまった。子月(ズユエ)は痛みに泣き叫び、雁回は彼女を構う余裕もなく、小鬼を追いかけて行った。

最終的に雁回は小鬼を捕まえて退治したが、それ以来、子月との間に確執が生じてしまった。

凌霄(リン・シアオ)がなぜ子月にあのようにしたのか尋ねると、雁回は言葉を濁した。凌霄(リン・シアオ)が厳しい顔つきになったのを見て、慌てたように自分が幽霊が見えることを打ち明けた。

幼い頃から、この能力は人に好かれるものではなく、妖怪扱いされることさえあると知っていた。凌霄(リン・シアオ)に追い出されることを恐れたが、凌霄(リン・シアオ)はそうしなかった。

彼はたくさんの書物を読み、たくさんの呪文を練習し、ついに彼女のために符を作り、体に刻んだ。おかげで、その後は多くの厄介事から逃れられたのだ……

凌霄(リン・シアオ)がいなければ、今までどんなに悲惨な生活を送っていたか想像もつかない……

そして、こんなにも厄介な能力を与えたのは、彼女の胸にある護心鱗(ごしんりん)のせいだった。

雁回は胸を撫でながら、天耀(ティエンヤオ)を見上げた。二人はしばらく沈黙し、天耀(ティエンヤオ)が口を開いた。「すまない」

あまりにも直接的な言葉に、雁回は少しの間呆然とした後、俯いて小声で言った。「何を謝っているの?」

確かに天耀(ティエンヤオ)を責めることはできない。自分の護心鱗(ごしんりん)が胸から離れていくことを、彼以上に望まない者はいないだろう。それに、彼の護心鱗(ごしんりん)のせいで厄介な能力を手に入れたとはいえ、少なくとも命は助かったのだ。

生きていること以上に大切なものはない。雁回はその道理を理解していた。

「むしろ感謝すべきだわ。でも……」雁回は言った。「どんなに深い縁があっても、これ以上あなたに付き添うことはできない」

天耀(ティエンヤオ)は静かに彼女を見つめた。澄んだ瞳に雁回の姿がはっきりと映っている。あまりにも鮮明で、見つめられる雁回は少し照れてしまった。

雁回は顔をそむけた。「昨日の夜のことは、この間の食事と寝床のお礼だと思って。ここは人の気配が濃いから、町も遠くないはず。各大仙門の弟子が見張っているだろうし、妖怪も無闇に暴れることはないでしょう。あなたは龍気を持っているけど、ほとんどの仙門弟子はそれが何か知らないから、人間の姿でいれば大丈夫だと思う。ただ、あの厄介な元恋人には気を付けて」

雁回は言った。「ここで別れましょう」

天耀(ティエンヤオ)が口を開こうとした時、雁回はため息をつき、素早く手を上げて天耀(ティエンヤオ)の頸動脈に一撃を加えた。

天耀(ティエンヤオ)はまっすぐに倒れた。

「本当は、話せばわかるならこんなことはしたくなかった。でも、あなたがこうやって私にしがみついてくるんじゃ、どうしようもないの。これでいいのよ。恨まないで」雁回は天耀(ティエンヤオ)を廃寺の隅に引きずり、枯れ草をかけてやった。

「私は行くわ。さようなら」

そう言うと、雁回はためらうことなく、足をひきずりながら廃寺を出た。

天耀(ティエンヤオ)と一緒にいることはできない。悪霊に金縛りにあう彼女と一緒にいたら、天耀(ティエンヤオ)の状況はさらに悪化するかもしれない。二人にとって良いのは、別行動をとることだ。

その日の夜、雁回はついに足をひきずりながら近くの町に著いた。町には金持ちで傲慢な員外がいて、いつも周りの人をいじめていると聞き、雁回は満足そうにその屋敷の裏庭に行き、良い服を二著選び、ついでに少しばかりの金を持って立ち去った。

夜には宿を見つけ、医者を呼んで怪我をした足の薬を取り替え、包帯を巻き直してもらった。

月の光が中天に達する頃、ようやく全てが終わった。

彼女は体を洗い、ベッドに横になった。

ちょうどその時、窓から月の光が差し込み、床に明るい光を投げかけた。

雁回はしばらく目を開けたままだった。

普段なら、こんな夜には、もし金縛りにあったらどうしよう、明日は誰も起こしてくれないのにどうやって起きよう……と考えているはずだった。

しかし、今夜はそんな心配はなかった。

彼女の考えは自然と遠くへ飛んでいった。天耀(ティエンヤオ)のツボはもう解けているだろうか?自由に動けるようになっているだろうか?妖怪は見つかっただろうか?

もし妖怪に見つからなければ、天耀(ティエンヤオ)の歩く速さから計算すると、ここまで来るには明日の朝までかかるだろう。明日の朝には彼女の内力は少し回復しているはずだ。その時、使い勝手の良い剣を買い、剣に乗って遠くへ飛んでいけば、天耀(ティエンヤオ)から完全に逃れることができる。

胸の痛みは雁回にとって非常に不快だった。それは、彼女が自らに課した血の誓いによる痛みだとわかっていた。酔った勢いで交わした誓いとはいえ、破ってしまった以上、罰を受けるのは当然のことだ。

しかし、そう長くはかからない。法力が完全に回復すれば、この血の誓いを破るのも容易い。そうなれば、この間の生活に別れを告げ、ずっと夢見てきた自由気ままな江湖の生活を送ることができる……

願い事を考え終える前に、突然、雁回は胸に鋭い痛みを感じた。今までの鈍い痛みよりもはるかに強く、体が震えた。

雁回は歯を食いしばり、痛みをこらえた。