鳳染(ほうせん)は眉をひそめ、顎に当てていた手をぎゅっと握りしめ、声を張り上げた。「上古(じょうこ)、今のどういう意味だ?あの時、羅刹地で景澗(けいかん)は…と言ったではないか」
「兵解の術を使った後に魂魄が残る仙君は見たことがない。恐らく景澗(けいかん)は当時既に半神に足を踏み入れていたか…あるいは、彼の執念が深すぎたためだろう。鳳凰の羽に魂を宿らせ、再び日の目を見ることは難しくても、お前の傍にいたかったのだ」上古(じょうこ)は身を屈め、鳳染(ほうせん)の髪に挿された鳳凰の羽を取り、嘆息を帯びた声で言った。「鳳染(ほうせん)、お前は本当に幸運だ」
鳳染(ほうせん)は上古(じょうこ)をじっと見つめた。先ほどの尊大な態度は消え失せ、瞳には不安と脆さが滲み出ていた。ただひたすらにうわごとを繰り返す。「上古(じょうこ)、何を言っているんだ?景澗(けいかん)はもう灰飛煙滅したんじゃないか?私を騙さないで。信じない、信じない…」
「あの時、私は彼が魂飛魄散したと思ったからそう言ったのだ。まさか彼が鳳凰の羽に魂魄を宿らせていたとは」上古(じょうこ)は微かに仙力を放つ鳳凰の羽を見て、微笑んだ。「混沌本源には世界の創造する力がある。数十年かけて育成すれば、私が彼に新しい体を与え、魂魄を導き入れることができる。しばらく待っていれば、きっと健康で五体満足な新郎を返してあげよう」
鳳染(ほうせん)は上古(じょうこ)を見つめ、しばらくしてからその言葉の意味を理解した。目には涙が浮かび、しばらくして大きな目で上古(じょうこ)を見つめ、無言で約束の履行を促した。
上古(じょうこ)は鼻を触り、鳳染(ほうせん)の哀れな様子に耐えられず、虚空から玉の箱を作り出し、銀色の神力を注ぎ込んだ。そして鳳凰の羽を中に入れると、銀色の光が閃き、羽は包み込まれた。玉の箱からはかすかな生気が漂う。
上古(じょうこ)は玉の箱に封印を施し、鳳染(ほうせん)に手渡して言った。「中の神力で彼の魂魄は百年は安泰だ。景澗(けいかん)は鳳凰一族だから、混沌の力は育成することしかできない。魂魄を集めるのは彼自身に頼るしかない。鳳族の梧桐の古木の下に置いておくといいだろう。きっと彼にとって良い影響があるはずだ」
上古(じょうこ)は少し間を置き、鳳染(ほうせん)の満面の笑みを見て、思わず水を差すように言った。「普華(ふか)に頼んで良縁を結んでもらおうと言っていたのは誰だったか。景澗(けいかん)が目を覚ましたら、大変なことになるぞ」
鳳染(ほうせん)は玉の箱に夢中で、上古(じょうこ)の皮肉など気に留めなかった。適当にあしらおうとしたが、上古(じょうこ)の目に一瞬の悲しみがよぎるのを見て、首をかしげ、小声で尋ねた。「上古、その後…淵嶺沼沢には行ったのか?もしかしたら白玦(はくけつ)も…」
上古は微笑み、答えずに言った。「晩餐の時間が近づいている。お前が遅れてはいけない。私は何も持っていないが、先ほどの火凰玉は小鳳凰へのささやかな贈り物だ。この新郎は、お前への結婚祝いだと思え。他にも仙府が私を待っているので、私はこれで失礼する」
上古は手を振り、外へ歩き出したが、しばらくしてゆっくりと足を止めた。背後には満月が浮かび上がり、大地は輝きに満ちていたが、どこか寂しげで冷ややかだった。
鳳染(ほうせん)は顔を上げ、古木の傍らに佇む白い衣をまとった女性を見た。振り返った彼女の眉は深く、目には笑みが浮かんでいたが、南海深くに住む、泣くことができないため人々に忘れ去られた鮫人一族を思い出させた。
ただ、鮫人は本来の泣いて珠を流す性質を抑えるのに万年かかったが、目の前の人はたった三年で、まるで世界が灰色に染まってしまったかのようだった。
「鳳染(ほうせん)、百年後、彼を大切にするのだ。決して…この深い情を裏切ってはいけない」
ある人々は、一生かけてもこの幸運を得られないかもしれない。
言葉が終わると、上古は古木の傍らから姿を消した。庭は静まり返り、満月は冷ややかに輝いていた。
鳳染(ほうせん)は長い間言葉を発せず、ただ軽くため息をついた。その後、彼女は上古に会うことはなかった。束の間の別れの後、再び会う時には全てが変わっていた。
空に浮かぶ雲は無目的に漂い、東の海を出て数時間後、ある場所にたどり著いた。上古は目を開け、何も言わずに雲から降り、淵嶺沼沢の外に立ち、うつむいた。
沼沢の中は荒れ果て、草木は全て燃え尽き、大地は焦げ付いた黒色をしていた。三年という歳月が経っても、混沌の劫が焼き付けた破壊の痕跡はまだ消えていなかった。白玦(はくけつ)が苦労して築き上げた蒼穹の境は、溶岩の中に飛び込んだ赤い影のように、既に消え去っていた。
もし六万年前に、誰かが彼女にこう言ってくれたら、彼女はきっとその深い情を裏切らなかっただろう。
この世の全てのものに魂魄が残っていれば、混沌本源によって再生できる。しかし、天地と同寿の四大真神だけは例外だ。ましてや、三年もの間、九州八荒のどこにも、彼女は白玦(はくけつ)の気配を感じることができなかった。
上古は岩にもたれかかり、力を失って倒れ込んだ。手で顔を覆い、かすかに震えていた。
何度自分に言い聞かせても、彼女は自分が騙せないことを知っていた。白玦(はくけつ)は…三年前にもう死んでしまったのだ。
彼女の目の前で、淵嶺沼沢で、混沌の劫の中で死んだのだ。
上古は三年前、毅然と背を向けた場所に静かに座り、まるで天地と一体化したかのようだった。
彼女にとって時間は止まったも同然だった。ただ月が沈んでは昇り、昇っては沈むのを感じていた。あっという間に一ヶ月が過ぎ、上古の白い古装は風塵に容赦なく磨かれ、まるでかまどの汚れのように汚れていた。頭と肩には枯れ葉が積もり、見るも無残な姿だった。仙気を纏った仙君どころか、人間の乞食よりもみすぼらしい姿だった。
ある声が彼女の耳に届くまで、荒々しく重厚でありながら、どこか慎重な声だった。
上古は目を開けると、目の前には燃え盛るような巨大な物体が映った。しばらくして、それが紅日(こうじつ)だと気づいた。鈴のように大きな目は不安げで、さらに上古は白玦(はくけつ)に関係するものは何も見たくないので、まぶたを少し上げて、不機嫌そうに言った。「紅日(こうじつ)、何か用か?」
白玦(はくけつ)の死後、三火は妖界に戻って一方の覇者となった。紅日(こうじつ)はこの数年どこに行っていたのか、彼女は知る由もなかった。
「神君、お届け物です」紅日(こうじつ)は人型に変身し、素朴で無骨な様子で、袖の中から何かを取り出して上古に差し出した。
上古はちらりと見て、少し驚いた。「鎮魂塔?」緑色の小さな塔の中では炎が燃え盛っており、中のものはよく見えなかった。かつて白玦(はくけつ)は蒼穹之巔で一つの塔を破壊したが、これはおそらく彼がその後、新たに作り出したものだろう。
上古は少し元気を出し、目の前の鎮魂塔を軽く突いた。「中には何が入っているのだ?」
「主人は三年前、私に鎮魂塔を預け、西海の龍族の巣窟に行かせ、塔の中の人物の本体を育ててからあなたに渡すようにと言いました」紅日(こうじつ)はしわがれた声でぶつぶつと文句を言った。「中には知人ですし、かつて瞭望山で何度か会った仲ですし、それに神君を育ててくれた恩もありますので、私はあの深海で数年過ごしました。麒麟は冷たい水が好きではないので、本当に苦労しました」
育ててくれた恩?この世でその言葉に値するのはごくわずか二人しかいない。父神擎天は既に消え去り、二人目は…
上古は顔を上げ、乾いた嗄れた声で言った。「中には…古君(こくん)がいるのか?」
紅日(こうじつ)は頷き、上古の悲しげな様子を見て、無神経に後頭部を掻いた。「神君、主人はもういません。…ご愁傷様です」
上古はうつむき、鎮魂塔を受け取り、口を歪めた。紅日(こうじつ)の言葉は本当に聞きづらいと思った。
かつて蒼穹之境で古君(こくん)が混沌本源を返し、灰飛煙滅した時、混沌の力を持つ白玦(はくけつ)によって救われたのだろう。彼女に真相を探られないように、紅日(こうじつ)に西海の深くに連れて行かせたのだろう。
鎮魂塔の外側の炎を破ると、中には墨緑色の箱があり、小さな龍が丸くなって眠っていた。外から絶え間なく仙力が流れ込み、その体に注ぎ込まれていた。
龍の体で魂魄を育てることで、古君(こくん)は目覚めた時に過去の記憶を失うが、妖から神へと変わる困難な道を避けることができる。今後の将来はきっと素晴らしいものになるだろう。
鎮魂塔を手にした上古の心は、言いようのない苦涩に満ちていた。しばらく目を閉じた後、彼女は突然顔を上げ、紅日(こうじつ)を見つめ、その目に凶暴な光を宿した。「紅日(こうじつ)、もういい加減にしてくれないか?あのろくでなしのやったことを一度に全部話してくれないか?こんな風にじわじわと苦しめられるくらいなら、転世の輪に落とされて清浄になった方がましだ。」
「十三万年待て、だと?わかった、我慢する。白玦(はくけつ)はただの真神の一人でしかない。本君は上古界の主だ。彼のこの情を受け止めてやる!」
「柏玄(はくげん)に化身して私を幾万年もの間守った?それもいいだろう。どうせ彼にとっては初めてのことでもない!」
「三界と混沌の劫を一人で背負って滅んだ?別に大した間違いでもない。こういう面倒事は私も昔やったことがある!」
言葉が途切れると、上古は噴火する火山のように、最後はほとんど叫び声になっていた。「黙って古君(こくん)を救った?それも別に構わない。真神として当然のことだ。紅日(こうじつ)、言ってみろ、他に私の知らないことがあるのか?一度に全部話してくれ!私たちは何十万年もの付き合いだろう。すっきりさせてくれ!」
紅日(こうじつ)は、爆発寸前の上古に押されて数歩後ずさりし、訥々と彼女を見つめ、絞り出すように言った。「もう…ありません。」
静まり返った三文字。しかし、上古は突然静かになった。
そう、彼はもういない。彼女が心に留めていた全ての人を守り、彼女のために全てのことをやり遂げた後、彼に残されたものなど何もないのだ。
千年、万年が過ぎ、彼女の記憶も徐々に薄れていく時、白玦(はくけつ)は本当に何も残らなくなる。
温かく滑らかな鎮魂塔を胸に抱きながらも、上古の骨の髄までは冷え切っていた。その時…漆黒の石の鎖が突然、上古の視界に現れた。
「主人が私を送り出す時、こう言いました…将来機会があればこの物を神君に渡して、思い出にしてほしいと…」
言葉が終わらないうちに、石の鎖は上古に奪われた。しゃがみ込んだ女神君は埃まみれで、石の鎖を握りしめ、うなだれた様子は実に痛々しかった。紅日は任務も完瞭したし、上古の悲しみに暮れる情けない姿を見守る必要もないと思い、挨拶をして自分の気ままな日々を送ろうとした。しかし、突然、上古の恨めしげでかすれた声が聞こえた。
「紅日、あなたは白玦(はくけつ)に何十万年付き従い、炙陽(せきよう)とも深い友情で結ばれていたのに、どうして今になって一人残らず涙一滴も流さないの?これはどういう義理なの?」
聞いてみろ、この言い草を。全くの言いがかりだ。上古は自分より一万年ほど年下だと考え、紅日は目玉をくるりと回し、彼女と争わないことに決めた。ただゆっくりと振り返り、長いため息をついた。
このため息はどこか遠く、抑圧されたもので、普段の紅日の調子ではなかった。上古は瞬きをし、ようやく静かになった。
「神君、あなたのこの状態は珍しくありません。六万年前、あなたが身を犠牲にした時、上古界は封印され、主人は天啓(てんけい)真神と戦い、私は瞭望山に押し込められました。その時、私はちょうどあなたの今の様な状態でした。」紅日は上古を指差して身振りで示し、上古がじっと彼を見つめているのを見て、急に元気が出てきて、大声でまくし立てた。「でもその後、どうなると思いますか?」
上古はぼんやりと首を振った。
「おやおや、紅日である私が目を覚ますと、あなたは六万年前に死んだ真神なのに、後池(こうち)の姿で平然と瞭望山に現れ、傍には主人の分身もいました。その時、私は思いました…」紅日は照れくさそうに鼻をこすり、にこやかに笑った。「あなたのように灰さえ残らなかった人が戻って来られるなら、この世にはもう何も心配することはない。私たち神族の寿命は永遠に長く、信念さえ失わなければ、いつか必ず願いは葉うのです。」
「神君、あなたの奇跡は主人と引き換えに得られたものです。だったら、彼の為に、あなたは試してみないのですか?」
紅日は悠然と最後の言葉を言い終えると、さっさと雲に乗って去っていき、上古は一人、岩の傍にしゃがみ込んだまま残された。
試す?どうやって?彼女は魂が三界に散らばっただけだが、白玦(はくけつ)は今や本当に灰さえ残っていない!上古は恨めしそうに呟き、肩を落とした。
紅日の言うことは全くその通りだ。彼女は試す勇気がない。試しても白玦は戻ってこないのではないかと恐れている。その時、待つことさえも贅沢で苦しいものになってしまう。
どうすればいいのかわからず、上古は岩にもたれかかり、鎮魂塔を抱きしめて体を丸めた。目は徐々に閉じていき、意識は沈んでいった。
淵嶺沼沢の外は冷たい風が吹き荒れ、手足が凍りつきそうだった。上古は自分も真神なのに、こんなみじめな姿は恥ずかしいと思い、仕方なく腕を動かした。しかし、うっかり手に持っていた石の鎖を懐の鎮魂塔に落としてしまった。
澄んだ音が響き、鎮魂塔の中で炎が突然燃え上がった。上古は、さっきまでかろうじて動いていた心臓が止まったのを感じ、自分の血液が沸騰して逆流するような崩壊感さえ感じた。彼女は震える唇で、慌てて鎮魂塔の中に手を伸ばした。
鎮魂塔は混沌の力で鋳造されており、世の中のどんな神器でも溶かすことができる。ましてや石の鎖など。
白玦はもういないのに、彼の思い出さえも残せないのだろうか?
小蛟竜の碧玉の箱の傍で石の鎖を触り、上古は安堵のため息をついた。顔には少し血の気が戻り、恐る恐る鎖を取り出し、九死に一生を得た石の鎖が無傷かどうかを確認しようとした時、彼女の視線は釘付けになった。
石の鎖の黒い外装は徐々に色褪せ、いくつかのぼんやりとした小さな文字が現れた。
「上古…」
短い二文字。見慣れた筆跡だが、まるで千もの絡み合った余韻と未練がましい無念さを帯びているようだった。
上古は目をこすり、何かを思いついたように、急いで自分の手首にある石の鎖を外した。銀色の炙熱の炎が掌から燃え上がり、石の鎖を包み込んだ。黒い外装は徐々に剝がれ落ちていった。
上古は息を呑み、目は少しずつ見開かれ、最後には瞳の奥に血のような赤い色が浮かび上がった。
一字一句、上古は唇を動かし、耳に届く自分の声に、心は茫然自失となった。
「私は…白玦。」
全身が寸断されるように震え、涙が音もなく目から静かに流れ落ち、掌の中で絡み合った一対の石の鎖に落ち、灼熱の痛みを感じさせた。
上古は顔を上げ、霧の向こうの淵嶺沼沢の奥深く、白玦が消え去った場所を見つめた。突然、何の前触れもなく、彼女は泣き崩れた。全身には、かつてないほどの胸が張り裂けるような痛みと途方に暮れる思いが溢れていた。
上古、私は白玦。
あなたが最後に私に遺してくれたのは、こんな言葉だったのね。
この歳月、あなたは一体どうやって過ごしてきたの?六万年前の清池宮で、あなたは無知な後池(こうち)に、一番言いたかったこと、一番教え
たかったことは、結局この一言だったの?
私は上古、あなたは白玦。
柏玄(はくげん)でもなく、清穆(せいぼく)でもなく、この世の誰でもない。桃淵林で十三万年も静かに待ち続け、「たとえ千万人といえども、私は行く」と言った白玦。
私はあなたが十分に割り切って冷酷だと思っていたのに、最後になって気づいた…
この六万年、あなたが誰なのかを私に教えてくれる機会さえ、私は与えなかった。
私はあなたに十三万年どころか、三生をかけても償いきれないほど借りがある。
この人生で、私は多くの神々に申し訳なく思っている。九州八荒の万物の命に申し訳なく思っている。逝ってしまった父神擎天に申し訳なく思っている。ただ一人、あなただけには、たとえ私が千載万年覚えていても、償いきれない。
白玦、私はどうすればいいの?
私は今ほど確信したことはない――六万年前、私は祭壇で死ぬべきだった。
荒涼とした風景が視界から徐々にぼやけていき、上古は目を伏せ、鎮魂塔をしまい、手に持った石の鎖を左右の手首に結びつけると、突然立ち上がり、雲に乗って上古界の門へと向かった。
白玦、もしあなたが天命を信じないなら、私はあなたと最後の賭けをしよう。いい?
半日後、上古界、乾坤台。
痩せ細った姿が、ぼろぼろの布の衣をまとい、乾坤台の中央に跪いていた。
その人の顔色は青白かったが、瞳の光は非常に力強かった。彼女は乾坤台の端にある一尺四方ほどの元神池をじっと見つめ、唇は固く結ばれていた。
蒼穹の下、まっすぐな体は広大な上古界の中で静止し、凛として力強く、まるで天地と一体化しているようだった。
「炙陽(せきよう)、お前はどう思う…希望はあるだろうか?」摘星閣で、天啓(てんけい)は乾坤台を一瞥し、振り返って尋ねた。
「わかりません。でも、元神池は最後のチャンスです。上古があんなに早く考えを変えたのは、いいことです。」
天啓(てんけい)は頷いた。元神池は上古界において真神が誕生する源であり、百万年の間にたった四人しか誕生していない。天啓(てんけい)は真火を、炙陽(せきよう)は大地を、白玦は四海を、そして上古は万物を司る。
それぞれが責務を負い、互いに牽製し合っている。
天地の規則に従い、真神が隕落した場合、混沌之神が蒼天に敬告し元神池を開いた後、千年を経て新たな真神が誕生し、隕落した神の責務を継承する。
「しかし、新たに誕生する四海の司執者が白玦である可能性は極めて低い。擎天柱に刻まれた彼の封号は既に完全に消滅している。もし今回の機会も失えば、新たな真神が誕生した後、白玦は二度とこの世に舞い戻ることはできないだろう」
そうでなければ、上古は今日まで元神池を開くために上古界へ戻るのを遅らせていなかっただろう。
「それでも今のよりはましだ。彼女が一人で後悔し自責しても無駄だ。賭けてみるしかない」
「賭け?」天啓(てんけい)は一瞬呆然とした。「何を賭けるのだ?」
「人間界の民は困難や別れに遭遇すると神仏に祈る。では、私たち神々は?」普段は厳粛な炙陽(せきよう)の眉尻に奇妙な笑みが浮かび、乾坤台を見つめる目はどこか遠くを見ているようだった。
「まさか……」天啓(てんけい)は眉を上げた。「上古があの方をひたすら崇拝する性格で、そんなことをするだろうか?」
だから、彼女がようやく悟ったのだ、と炙陽(せきよう)は微笑み、答えなかった。このことは本当に上古にしかできない。他の人なら、とっくに天罰に打たれて消滅していただろう。
三界の律条を破りながら天罰を受けないのは、既に虚無と化したあの方だけだ。
今回、良く言えば上古が白玦の功績を天に感念してもらおうとしている。悪く言えば……娘が父親に婿を返してくれるよう泣きついているようなものだ。
祖神擎天がこの世に何か未練や心残りがあるとすれば、それは上古ただ一人だろう。
しかし、千年後に元神池で誕生するのが白玦かどうかは、誰にもわからない。
「もし祖神が承諾しなかったら、上古はずっと跪き続けるだろう。実際、二人は価たような性格をしている」天啓(てんけい)はため息をつき、ようやく気持ちを切り替えて炙陽(せきよう)に言った。「小阿啓が大澤山で色々と問題を起こしているらしい。私が下界へ行く。上古界は君に任せる」
炙陽(せきよう)は天啓(てんけい)が避けようとしていることを察し、頷いてこの厄介な役目を引き受けた。しかし、天啓(てんけい)が雲に乗って去っていく時、空に向かって遠くからこう言った。「もし気持ちが整理できたら早く戻ってこい。千年後の新神誕生の日を逃すなよ」
紅紫色の影が手を振って返事をしたが、結局乾坤台を振り返ることはなかった。
真神白玦が隕落してから四年目、姿を消していた上古神君が上古界に戻り、混沌之神の身分で元神池を開いた。
乾坤台では風霜雨雪が降り注ぎ、幾年もの間、跪拝する姿は塵にまみれ、微動だにしなかった。まるで既に石像のように。
十年後、元神池の霊脈が目覚め、新たな四海の司執者となる真神が九百九十年後に降世することを告げた。三界はこの知らせを聞いて共に祝った。そして同じ日、乾坤台に神光が降り注ぎ、台上で何年も跪拝していた真神上古は、蒼穹から降りてきた神力によって乾坤台から押し出された。
さらに数年後のある日、天啓(てんけい)は上古界に戻り、摘星閣で寝そべって浮雲を眺めている女性を見て、おどけたように尋ねた。「乾坤台で足を痛めて後遺症が残っているらしいじゃないか。なぜ誰かに治してもらわないんだ?」
「白玦が戻ってきてから」上古は瞼を少し上げて、そう答えた。
「白玦を戻すのは難しいことだと知っているだろう。彼も前世の記憶を失っているかもしれない」天啓(てんけい)はこの言葉を尋ねるとき、どこか不安げで落ち著かない様子だった。まるで自分が上古に諦めるよう仕向けているように感じて、少し心が痛んだ。
何年も後、彼は寝台の上の女性がきれいな眉をひそめ、彼をじっと見つめて淡々とこう言ったことを覚えている。「大丈夫。私が覚えているから」
天啓(てんけい)は誰にも言わなかったが、彼が本当に上古を諦めたのはその瞬間だった。だから、上古が眉を上げて「いつになったら遊び飽きて界面の執掌に戻ってくるの?」と尋ねた時、彼はただ微笑んでこう言った。「今だ」
その後百年、朝聖殿の外を通る神君たちが最もよく目にしたのは、摘星閣で療養する上古神君が閣の外にある桃林を遠く見つめている姿だった。
知らせが届いた日は晴天だった。その時、上古は桃林で本を抱えて休んでいた。伝言を伝える小神がまだ話し終えないうちに、彼女は本を投げ捨て、桃林の外へと走り出した。
あまりにも急いで走ったため、テーブルの上の茶水を小神にこぼし、ついでに彼の足を踏んでしまうという、かなり恥ずかしい失態も気にしなかった。
乾坤台に異変があり、新たな真神が降世しようとしている……小神はそう言った。しかし、まだ百年ちょっとしか経っていないのに、なぜ新神が突然降世するのだろう?元神池に何か問題が起きたのか、それとも父神は結局彼女の願いを葉えてくれなかったのか。
考えれば考えるほど焦り、全身が震えた。上古はよろめきながら雲に乗って乾坤台の入り口まで来た。
雲から降りる時、足がふらついて、天啓(てんけい)に支えられた。その時、既に多くの神君が集まっており、炙陽(せきよう)と御琴もいた。上古は初めて自分の位が高いことに感謝した。多くの神君への挨拶の手間が省けたのだ。軽く手を振って天啓(てんけい)の腕に寄りかかり、乾坤台の入り口まで移動した。目を大きく見開いて、乾坤台に真神の降世を象徴する碑文が淡い金色の光を放っているのを見て、ようやく少し安堵した。
しかし、彼女は霧に包まれた元神池を見つめ、まだ油断できなかった。これまでの真神の降世は、神獣が揃って現れ、吉兆がこの世に現れるものだった。今回はあまりにも静かすぎる。
ほっと息をつく間もなく、霧の中にかすんだ人影が徐々に鮮明になり、おそらくもうしばらくすれば姿が見えるだろう。しかし、上古は何故か突然勇気を失い、天啓(てんけい)に「後で紙鶴で結果を知らせて」と言って、一目散に雲に乗って逃げ去ってしまった。残された上神たちは唖然とした。
上古は桃淵林に戻り、古木の後ろに隠れて白玦が残した石の鎖を握りしめ、ぼんやりとしていた。
しばらくして、彼女は我に返り、先ほどの情けない姿を思い出し、口元を歪めて苦笑いした。
天啓(てんけい)に聞かれた時は誰よりも冷静に話していたのに、いざとなると自分も脆い人間なのだとわかった。
枯れ葉を踏む音が背後で響き、一歩一歩こちらへ近づいてくる。
上古はハッとして立ち上がり、振り返った。
その人はゆっくりと近づいてくる。眩しい太陽の光が彼の背後から、霞のような桃の花越しに淡い影を落としている。
青衣に黒髪、顔は変わらない。
ちょうど六万年前、彼女が月弥(げつび)府で遠くから眺めていた姿と同じだ。
上古は瞬きをして、彼の冷淡な眉目を見つめ、声を出せなかった。
もしかしたら、彼は自分が誰なのか全く覚えていないかもしれない。
袖の中に隠した手をそっと握りしめ、彼女はその人を見つめ、ようやく勇気を出した。眉が少しずつ上がり、低い声にはわずかな震えが混じっていた。
「柏玄(はくげん)?」彼女は尋ねたが、その人は普段通りの表情で、彼女を見る目はまるで他人を見るようだった。
「清穆(せいぼく)?」もう一度尋ねたが、やはり同じだった。
桃林の奥は静まり返り、聞こえるのは小川が流れる音と、上古が不安をこらえて息を吸う音だけだった。
上古は目を伏せた。途方に暮れる間もなく、ため息が聞こえた。
彼女は突然顔を上げた。その人は彼女を見ていた。特に優しいというわけでもなく、ただ少し上がった眉尻は昔と同じだった。
「上古、私は白玦だ」
青年は墨のような眉を持ち、彼女を見る目は諦めと執著が入り混じっていた。そう言った。
無数の霞の中、彼女の世界は突然、そこに立っている彼の姿だけになった。
その時、上古は突然、十数万年の歳月、彼女が待っていたのはたった一言だけだったのだと感じた。
こうして、たとえ今後百万年の歳月が流れようとも、この瞬間の完璧さには及ばないだろう。
全文完
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